リードの交換2022/05/24

プロ奏者の方から持ち込みの修理のご依頼がありました。
症状は音が出ない箇所がある事と、空気漏れ、調律の狂いなどです。



まずはアコーディオンの本体と蛇腹を分割して分解する必要がありますが
ここで問題発生。
右手側に6本ある蛇腹と本体を繋ぐピンのうち2箇所が何故か
ネジに交換されています。
そして、両方のネジ共、本体側のネジ穴が磨耗してネジを緩めても
幾らでも回って抜けません。
これでは楽器を分解する事ができないので先へ進めません。



2つあるうちの片方はなんとかネジを抜く事ができました。
ネジに変えられているのは表から見えない背面部の2箇所です。



これはベース側と蛇腹を繋ぐ7本あるピンの1つですが、
元から付いているのはこのような物です。



どうやってもネジが1つ抜けないので仕方なく、ベース側を先に分割して
本体をひっくり返して蛇腹の内側とリードの狭い隙間に手を入れて
指先でネジの頭を押すようにして緩めてやっと外れました。



ネジが入っていた蛇腹の木枠ですがネジの最大径以上に穴が広がっていて
ネジの溝も無い状態です。
これでは幾ら回しても緩みません。
元々、ネジを入れるようにできていないので問題が出ます。
楽器によっては最初からネジを使う場合がありますが
そのような楽器ではネジを受ける方に金属部品が付いていたり、
木の厚さや材質をネジに対応できるように設計しているので問題は出ません。



この楽器には元々付いていない部品に変えられている物が3本ありました。
一番右のピンは元々付いている純正品です。
左の3つは交換された物で、正しい部品ではありません。
元々ピンが入っている所にネジを入れようという発想が私には理解できません。



分解に手間取ってしまいましたが、蛇腹と本体の境界付近から
空気漏れがあるという事で位置を特定し、原因を探しました。
通常よくあるのは合わせ目に入っているパッキンシールの劣化や
切断、位置ずれによるものですが、今回はシール部分は問題ありませんでした。
色々調べてみると蛇腹の木枠にヒビが入っている事が判りました。
上の画像の部分ですが分るでしょうか?



拡大してみると亀裂が見えます。(矢印部分)
蛇腹を開く方に動かすとこの亀裂が広がるので空気が漏れます。
原因が判れば的確な修理をする事ができます。
空気漏れは原因特定が難しく、複数個所で別々な原因で起きている事があり
スッキリ修理する事が難しい場合があります。



調律が大きくずれている箇所があります。
普通に使っていて1箇所だけ大きく調律が変わる場合、
リードが折れている事を疑います。
今回もリード折れが疑わしいので該当リードを外しました。
音が出なくなっていれば完全にリードが折れているので
見ただけですぐに分りますが音程が大きく狂う場合は
完全に折れていないのでパッと見では分りません。



該当リードをルーペで観察する亀裂が確認できました。
矢印部分の先にとても細い亀裂がありますが分かるでしょうか?
このような亀裂ができると大きくピッチが下がります。
そのまま演奏を続けるとやがて折れて音が出なくなります。

リードが折れたり、調律がずれる原因を鳴らす事による金属疲労という意見を
ネットで見た事がありますがそれは間違いです。
リードは金属疲労が問題にならないように疲労限度以下になるように
設計されているからです。
もし、金属疲労が原因であれば使う程に調律は低くなって行く筈ですし、
使う頻度が多ければ段々とリードが折れて行く筈です。
実際にはそんな事はありませんので疲労説は誤りです。

使って行く事でリードが柔らかくなって音が出やすくなる等の記述も
見た事がありますが事実無根で、何も分っていない人の意見です。
ネットには間違った事が本当の事であるように書かれている事もあります。
著者の経歴など確認すれば信憑性は大体想像できます。
ネットで寄せ集めた情報を知っていたかのように記述する輩は
ただ注目を集めたいだけなので信用してはいけません。



折れたリードを交換する為に新しいリードを用意しました。
今回はリードバルブはオリジナルを移植して使います。



リードを外した際、木枠の内側に亀裂を見つけました。



亀裂の部分を外側から確認すると木枠の木材を張り合わせている境界が
開いている感じです。
このままでは内部空気漏れが起きますのでリード交換前に修理しました。

内部空気漏れについては以前にも記述しました。




折れたリードを交換しました。
この後、交換した音の調律を行います。

アコーディオンの場合、表裏1対のリードが付いた部品を
交換するだけで済みますが、バンドネオンなどの場合は
リード部分のみを作製して交換するのでとても大変な作業となります。



リードを交換した木枠ですが、ちょっと見ただけで
以前に交換したリードがある事が判ります。
今回は一番右のリードを交換しましたが、オリジナルより少し全長が長いので
木枠の高さギリギリです。

矢印部分の2箇所は逆にオリジナルより短めなので低くなっています。
これは以前に交換された物と思います。
よく見るとリードのリベット部分が平らなので高級なリードではありません。
オリジナルはダブルリベットになっていますがダブルとシングルに
大きな違いはありません。
今回交換した一番右端のリードはオリジナルに合わせてハンドメイドです。
プロが使う楽器なので交換するなら同等品にします。
プロが使う楽器でなくてもオリジナルと同等品にするのが普通と思いますが..

プロが使う楽器は使用頻度が高く、音量も大きいので
リードが折れる事も一般奏者より多くなって行きます。
この木枠だけでも3箇所交換した跡があります。
先ほど、金属疲労ではリードは折れないと書きましたが
頻繁に使う楽器は折れるという事と矛盾すると思うかも知れません。

リードが折れる原因はリードの材料中にある欠陥、空隙、異物などです。
それ以外にも調律による傷や大きな力が原因になる事もあり得ます。
このような原因はすぐに破損する事はなく、このような原因と併せて
頻繁に使う、大きな音で演奏する事により金属疲労が起きて破断します。
欠陥や傷などの原因がある場合のみ金属疲労が起きるという事です。
金属材料中にはある割り合いで必ず微小な欠陥が入りますので
そういう部分が偶々入ってしまったリードは頻繁に使う事で折れます。
不適切な調律方法も原因になりますので正しい方法を習った人が
調律をしている所で行う事は重要です。
調律実施後に調律が合っているというだけで判断できない事象もあります。