左右差のナゾ2022/06/27

プロ奏者の方からアコーディオンの調整を承りました。
普段メインで使っている物ではなくて、特定のバンドで演奏する時だけ使う
ボタン式のものです。
ご依頼は全体の調律などですが、右手側がA=442Hzでベース側がA=440Hz
みたいな感じで左右が違っている事を直して欲しいとの事です。
使っていて調律がズレたというより、最初から左右差があるという感じでしょうか?



送っていただいた楽器の点検と見積りをさせていただきました。
普段使っていない楽器という事で使わない期間が長いのかも知れませんが
蛇腹の内側にカビが出ていました。
幸い、リードに錆が出ているような事はありません。
蛇腹のカビはすぐに除去しました。




問題の調律の左右差ですが、この楽器はMMMLで、調律もMMMらしく
意図的に多めにずらした音が混ざっていることもあり、
MMMで演奏してみても特に問題は感じませんでした。
ですが、スイッチでMだけにすると確かに左右でズレた感じがします。
という訳で、取り敢えずレジスター(スイッチ)の切り替え状態を確認する事に。



グリルカバーを外してMMMLのリードがどのように使われているか確認しました。
この画像は手前の画像のスイッチの状態(MMM)の時です。
MMMLの楽器では調律が正しい状態のM、意図的に高くずらしたM+、
意図的に低くずらしたM-の3つのリードと、オクターブ低いLのリードがあります。
上の画像のONのライン上にスイッチから伸びるリンクの先端がある場合は
そのリードは鳴る状態で、OFFの所にあるリードは鳴りません。
この場合、スイッチはMMMなのでMとM+、M-の3つがONになっており
スイッチの設定通りにセットされました。



では、MMの時はどうでしょうか?
鳴らしてみると弾いた感じは左右の違和感はありません。



MMの時のリードの状態ですが、MとM+がONになっているので
スイッチの選択通りにセットされています。



では、Mだけの場合はどうでしょうか?
この音で弾くと左右でズレを感じます。



実際に選択されているリードを確認してみると..
Mではなく、M+が選択されています。
M+は意図的に調律を高くずらしてあるので左右で差を感じる筈です。
ベースが440Hz、右が442Hzという意味が腑に落ちました。



では、MLだったらどうなのでしょうか?
この場合、通常は調律をずらしていないMとLの2つが選択される筈です。
鳴らしてみると右手だけで弾いてもズレ感があります。



MLの場合でもやはり、MではなくM+が選択されている事が分りました。
この楽器は、調律が右が442Hzでベースが440Hzになっている訳ではなくて
Mが選択されるべき状況の時にM+が選択されているという事が判明しました。
簡単に言うと、MとM+の選ばれ方が入れ替わっているという事です。
MMやMMMの時はMとM+が逆になっていても、両者がONされているため
見た目に何も問題が無かったのです。
こんな状態で販売されている楽器があるのでしょうか? 不思議です。
仮に間違って作製してもその販売前の点検、調整で気付く筈ですが..

どうやって修理するか?を考えましたが、
M+とMの調律を逆状態にやり直すのはちょっと大変ですし、
リードその物を入れ替えるのはもっと大変なので、
スイッチの組み換えを行ってMの時にはMが選ばれ、
M+はM+が選ばれるようにするという本来の状態にするしかないかと..
調べてみると10個あるスイッチのうち、MとM+が関わるのは5箇所あるので
5箇所のスイッチの組み換えを行う必要があります。



スイッチの組み換えはちょっと時間の掛かる作業です。
まずはスイッチを外す為にリンク部分を抜きました。
と、この時思ったのですが、リンクの繋ぎ変えができれば
スイッチの組み換えをしなくても済むというアイディアです。
単純にMとM+のリンクを逆にするだけですが、今まで行った事もなく、
行う必要も無かったので考えもしませんでした。
で、リンクを外して実際に入れ替えて当ててみると工夫すれば
出来そうという結論になりました。



という訳で、スイッチからのリンクを入れ替えました。
Mだけを選択するスイッチにすると、正しくMを選択しています。



リンクの棒をただ2箇所入れ替えるだけと思うかも知れませんが、
狭い箇所に決まった位置や角度で固い金属棒が4本通してあるので
簡単には行きません。
入れ替えると長さに過不足が出ますし、位置や角度が変わる事で
4本あるリンクの棒が干渉する問題が起きました。
それらの問題を調整しながら回避してなんとか入れ替えができましたが
見ての通り、かなり狭い部分で交差する箇所ができてしまいました。
操作してみると特に問題は無さそうなのでこれでヨシとしました。
これで、左右差問題は解決です。
実際は左右差があった訳ではなく、差がある音が選ばれていたという事ですが。



その他、音が出ない箇所があるという事でしたが、原因はリード折れでした。
プロが使う楽器なので大きな音で演奏する機会が多いのでしょう。
リードの金属中に偶々欠陥があり、頻繁に大きな音で鳴らすと
金属疲労で折れる場合があります。

欠陥の原因は材料中に存在していた異物や組織異常の他、
不適切な調律作業やリードの加工過程で入った傷などです。
なので酷使しても全てのリードが折れて行く訳ではありません。
リードが折れる事を心配して小さな音で弾くとか、使用頻度を減らす事は無意味です。
むしろ、リードを折ってやる!という位の気持ちで演奏する方が
良い演奏ができるでしょう。



折れたリードは新品の同等品に交換しました。
ベースの手を通すバンドが緩いという事で切り詰める作業を行います。
ベースの蓋を開ける必要がありますが、この蓋を留めているネジが
酷く錆びています。
ここは手首が当たる位置で汗が付くので簡単に錆びます。
そしてそういう事例は頻繁に見ます。
何故ステンレスのネジを使わないのでしょうか?



ベースの蓋を留めているネジを全て外しました。
手の当たる位置にある細いネジは酷く錆びています。
場合によっては抜き取り不可になりかねません。



ベース側の空間にはクモの巣がありました。
常に使わない楽器はカビが出たり錆が出たり、クモが住んだり色々ありますね。



ベースストラップを留めている金具も錆びていました。
プロ奏者の楽器ではこの部分に大きな力が繰り返し掛かるので
時に金具が破損したり、ネジが緩んで外れる事があります。
これが外れると演奏を中断する事になるので本番中だと問題になります。
本番演奏が多い方はこの部分の点検、メンテナンスを定期的に
行う事をお勧めします。



ベースボタンに傾きが出ている箇所があるのでこちらも修理しました。



ベースの蓋を閉めて完了です。
ネジは勿論、ステンレス製に交換しました。

後は全体の調律を行うだけですが、この楽器は全体がA=440Hzになっています。
海外で購入した物や、海外から個人輸入した物は440Hzの場合がよくあります。
日本の基準はA=442Hzなので他の楽器と合わせる場合は442Hzにします。
正規に輸入されている物は通常442Hzになっています。
この楽器は440Hzなので右手46音、MMML、ベース5セットリードの全てのリードを
442Hzまで上げなければなりません。
これはちょっと大変ですが必須作業ですので頑張ります。


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