フレンチボタンの調律2022/01/19

購入して15年経過したアコーディオンのベースボタンが戻らなくなり
鳴ったままになっているという症状の修理を承りました。
楽器を点検してみると、15年経過していて調律の狂いが大きい事、
内部の汚れが進んでいる事から併せて調律、清掃も行う事になりました。
当店では全体の調律を行う場合、発音に関わる調整、内部清掃など
費用に含まれていますので調律をすれば清掃も済みます。



ベースボタンが戻らない原因は大きな衝撃が加わった事による部品の異常でした。
その状態でボタンを強く操作したので部品の変形が更に進んだ感じです。
別件でボタンの傾きもありました。
修理は難しいものではなく短時間で終わりました。
アコーディオンの不具合は修理時間よりも原因調査の時間の方が
長く掛かる事がありますが今回はそんな感じでした。

ベースボタンですがこの楽器はイタリア製のフレンチタイプのボタン式ですので
ボタンは頭が大きく軸が細いキノコ型です。
これはフレンチタイプのボタン式の特徴の一つです。



蛇腹の内側ですが、カビが出ています。
高温多湿の状態で長く使わないでいるとカビが出やすくなります。
大抵、蛇腹の内側に出ますがリードを留めているロウの表面に出ることもあります。
この楽器はフレンチタイプですがリードがロウ留めです。
幸いロウの方はカビは出ていませんでした。

フレンチタイプのボタン式アコーディオンの大きな特徴として
鋭く明るい音色がありますがその元となっているのはリードを木枠に
釘で留めている事です。
これがフレンチタイプの最大の特徴と思いますが、
中にはリードをロウ留めしている外観的にフレンチな楽器も存在します。
柔らかい音が好みの場合はそういう楽器を選ぶ方法もあります。
新規で作製する場合は選択できる事もあります。



右手側のリードです。
木枠に溶融したロウでリードを留めていますが、この部分だけ施工が
綺麗ではありません。
一度、修理か何かで取り外しをしたのかも知れません。
音への影響がある可能性もあるので修正します。



同じくリードの右手側です。
リードの隙間の調整がマチマチです。
発音に影響しますがこれは使用中に変化しないので
製造時の調整が不十分であると言えます。
当店では調律を行う場合、全てのリードに対して点検を行い
必要がある箇所は調整を行います。
大抵の場合、殆どのリードを調整する事になります。
それくらいアコーディオンの初期状態は良くありません。

2つのリードを1つの釘で留めていますがこれはリードの仮止め的な意味で
釘留めのリードと同じ効果を狙ったものではありません。
実際、上の画像でも釘の頭がリードフレームに当たっていない箇所もあります。



この楽器はエントリーモデルという位置付けと思いますが、
使われているリードは標準リードです。
リードをフレームに留めているリベットの頭が平らな事で分かります。
その他、模様のような痕が付いている場合もあります。
いずれも機械で打ち付ける為にこのようになります。



これは当店で在庫している同じ音域を持つフランスMaugeinの楽器のリードです。
リードを留めているリベットの頭が不規則な多面体になっています。
このようなリードはハンドメイドかハンドメイドタイプリードです。
人がハンマーで留めるために不規則な形状になります。

フレンチタイプの最大の特徴であるリードの釘留めも見て取れます。
ロウの代わりに3~4本の釘で木枠に留めてあります。
木枠とリードの間には密度の高いコルクシートが挟んであります。
この事により強くてシャープなフレンチボタンの特徴的な音が発生します。

一つ前の画像と見比べると木枠に空いた四角い穴の形の違いに気付きます。
角が丸い四角形は綺麗な仕上げに見えますが穴の有効面積は狭くなります。
Maugeinの木枠の穴は角がある四角です。
角が丸い穴は回転するツールで自動で加工するには簡単で便利です。
角をしっかり作るにはその方法は使えないので面倒な加工が必要ですが
穴の面積を最大に使えるので楽器の性能としては有利になります。
楽器の中身を細かく観察すると色々なものが見えてきて面白いです。



修理品に戻ります。
今度はベースリードです。
やはりリードの隙間がマチマチで調整が不足していることがわかります。
これらは調律の前に全て調整します。
調整する事で調律が変化するので必ず調律の前に行います。
調律後に問題が見つかって修正した場合はその部分だけ改めて調律をやり直します。

見えていない木枠の内側にも同じ数だけリードがあり、調整も必要ですので
全体としてはかなりの数になります。
この楽器は右側 MM 46音、ベース側 4セットリードなので、リードの数は
46×2×2=184 と 12×2×4=96 で、合計280のリードが内蔵されています。
一般的な鍵盤式41音、HMMLでは400を超えるリードが内蔵されています。



ベースリードに面白いものを見つけました。
木枠に糸くずのような物が付いています。
吹き飛ばそうとしても飛んで行かないので良く見ると
片端がリードを留めているロウの中に埋まっていました。(赤矢印)
黄色い矢印はフリーになっている端です。
恐らく、リードを木枠にロウ留めする作業者の髪の毛と思います。
白髪というより薄い髪色の縮れ毛という感じで、多分イタリア人?のものです。



端をピンセットで掴んで伸ばすとそれなりの長さがあり、
上にあるリードに届いてしまうと不具合が出ますので引っ張って取り除きました。
これも製造時からの小さな不具合ですね。
当店では新品を販売する前に全体の調律を行いますが、
持込みで調律を行う場合と同様に細部の点検、修正を行いますので
製造時のエラーも殆ど無くすことができます。



リードを留めているロウに小さな亀裂がありました。
他にも数箇所確認しましたがロウの劣化が進んで脆くなってきている兆候です。
今の時点では問題はないのでこのままにします。
あと10年以上経過すると問題が出てくるかも知れません。
問題というのは調律が不安定になる、雑音が発生する、異常な音が出るなど
楽器として使って行けないような症状です。
酷い場合はリードが外れて落ちます。

リードを留めているロウは殆どの場合、天然の蜜蝋を主成分としたものなので
成分が常に一定ではありません。
その為、早いものでは製造から20年程度で劣化が問題になってきます。
通常40年を過ぎると問題が大きくなってきますが
場合によっては50年経っても大丈夫な時もあります。
古い中古楽器ではこの部分の改修が必要になる事を承知している必要があります。
中古楽器でロウを改めて販売している事はほぼありません。
また、この改修作業は時間と費用が大きく掛かります。



ベースリードの内側の方のリードで隙間が異常に多い箇所を発見しました。
全てのリードを点検しているので通常見えていない裏面の異常も見つけられます。



木枠の内側にあるリードで外から作業できませんので取り外しました。
外すとリード全体が大きく持ち上がっていて、
尚且つ先端の5ミリ程度は角度が大きく付いている事が判りました。
これは明らかな異常ですがリードを取り付ける時には気付く筈です。
なので、その後の調律作業で曲げてしまったのかも知れません。

この状態では誰でも気付くほど発音が遅れる筈です。
ですがベースリードは同時に4~6のリードが鳴るので(この楽器の場合)
一つの発音が遅れても初心者には気付きにくいです。



異常のあるリードを修正しました。
この後、元通りに木枠へロウで接着します。

このようなリード周りの修正、修理を全てのリードで完了すれば
後は全体の調律を行うだけです。



調律を行う前に内部清掃を行います。
15年分の埃が溜まっていますので。
これは右手のグリルカバーを外した内側です。
演奏する時に下側になる位置は埃が堆積する場所です。
この楽器も予想通り、多くの埃が溜まっています。



清掃後です。
アコーディオンは演奏で空気を大量に取り込みますので埃も溜まります。
エアコンのフィルターと同じですね。
最近のエアコンのように自動清掃機能はないので数年間隔で清掃が必要です。
清掃を兼ねて定期的な調律を行うと良いでしょう。(清掃費用は調律費に含むので)



調律には無関係ですが、ボタンの後ろのパネルを外しました。
ボタン式の楽器は裏面にパネルがあり、分解する事ができます。
通常、調律では分解の必要はない部分ですが清掃の為に開けました。



予想通り、パネルの裏には埃が沢山あります。



ボタンの裏側の部分にも..



ボタン裏側の清掃が完了しました。
その他、楽器の内側も清掃します。
ベースのメカニック部分も清掃しますが今回はベースボタンの修理時に完了しました。
リードの調整、内部清掃が終わったら全体の調律へ進みます。



ちょっと時間が飛んで、調律を完了し最後の仕上げです。

楽器の表のメーカーロゴですが金属の凸で描かれているタイプです。
このタイプは表面の金属の内側が樹脂で満たされていますが、
金属と樹脂が剥がれる事があります。
この楽器では金属部分が剥がれて浮いています。
修理しようと思いましたが既に修理を試みた感じで、樹脂と金属の間に
接着剤が入って固まっているため、元に戻すことができませんでした。
剥がれや割れなどの修理はそのままの状態で修理に出す事をお勧めします。



ロゴ全体が剥がれたらしく接着剤で修理したのか沢山の接着剤が
はみ出た状態で固まっています。
文字の表面まで接着剤で汚れてしまっています。



はみ出て固まった部分の修正は大変なので表面の接着剤だけ除去しました。
これでもかなり見栄えが良くなりました。
調律が完了し、内外共に綺麗なりましたので
後はお客様へお返しするだけです。