アコーディナの整備2022/02/07

アコーディナの販売前の整備をしています。


分解して一部のリードを外しました。
アコーディナはどのメーカーであっても初期の調整が不十分で
弱い音が出にくかったり、強い音が出なかったりします。
その為、輸入後にリードの調整、各部の修正、全体の調律を行っています。
上の画像は高音のリードを10個外していますが、この範囲は発音など
確認する事なく無条件に取り外して修正を行っています。



低音側の3つのリードも無条件に取り外して調整しています。
わざわざ発音の確認をするまでもなく調整が必要と判断しているからです。



アコーディナ(Accordina,アコルディーナ)はフランスで作られている
鍵盤ハーモニカと同様の原理の楽器です。
口で空気を吹きこみ、ボタン操作により音を選択し、リードを鳴らす楽器です。
ボタン操作はボタン式アコーディオンと同じになっているので
アコーディオン奏者が持ち替えで使う事もありますが、
鍵盤ハーモニカよりも楽器としての機能を高めているので、
この楽器を専門にする奏者もいると思います。

鍵盤ハーモニカは教育楽器という側面があり、価格を抑える事、軽量である事、
乱暴に扱っても壊れにくい事などが求められる部分がありますが
アコーディナは純粋に楽器としての機能を高める事に特化できます。
その為、高価である事と重量がある事が欠点となりますが、
弱い音から強い音の調整範囲が広い事、低音から高音まで音域全体で
均一な音質である事、ある程度の数までの和音は実用的である事、
コンパクトで音域が広い事などの特徴があります。



楽器の構造はとてもシンプルです。
ボタンに連結するバルブとリードが本体に付けられているだけという感じです。
リードは両側面の外側に付いており、この事により強くてクリアな音が出ます。
鍵盤ハーモニカは楽器の中にリードがあるので音が篭った感じになります。
リードが外にある事で演奏中の結露の問題も少なく、リードの乾燥が早く、
調律などメンテナンス面でも有利です。
アコーディナも穴の無い側面カバーを付けて篭った音にした機種もあります。



吹き込まれた空気は底面の空間に入り、円形のバルブが開いた時に
そこから空気が出て最後にリードを通って排出されます。
鍵盤ハーモニカは逆向きで、空気は先に全てのリードが並ぶ空間に入り、
リードよりも後ろにあるバルブが開いた時にリードを空気が通って
バルブから排出されます。
呼吸で得た空気には多くの水分があり、楽器内で冷やされて凝縮水となり
結露しますが、アコーディナはバルブ手前の空間で結露します。
鍵盤ハーモニカは全てのリードが付いた空間に最初に呼気が入るので
リードへの結露が多くなりますし、リードのある空間の乾燥が遅くなります。
これは発音への影響やリードの汚染や腐食の問題が出やすくなります。



ボタンを押すとバルブがこのように開きます。
丁度、レシプロエンジンのバルブと同じような構造をしています。
この構造はシンプルで軽量にできる事以外に良い点があります。
吹き込まれた空気の圧を受けてバルブが閉じる方向に力が働く事です。
これはバルブからの空気漏れを減らす事に貢献します。
鍵盤ハーモニカのバルブは空気の圧力が掛かる部分に外から蓋をするように
バネ圧で閉じていますので、強く吹き込むとバネ圧が負けて
空気が漏れる場合があります。
バネを強くするれば漏れにくくなりますが操作感に影響を与えます。

アコーディオンは蛇腹の開閉で空気の動きが逆向きになりますので、
空気がバルブを開こうとする時と閉じようとする時の両方が起きます。
先日も書きましたが、空気漏れのテストをする時は蛇腹を閉じる方向で
行う事でバルブを開く方へ圧が掛かるため、より厳しいチェックが行えます。



リードを外すと奥にバルブが少し見えます。
リードから近い位置にバルブがありますが、
3列あるボタンの真ん中の列はリードからバルブまでが少し遠くなります。
この事で高音域の小さなリードでは3列の中央にボタンがある位置の
弱い音が僅かに出づらくなります。
これはアコーディナの欠点ですが、当店ではリードを調整して
できるだけ影響が出ないように調整しています。
バルブとリードの距離が音程で変わらない鍵盤ハーモニカでは
この現象はありません。



ボタンを押すとバルブが下がって隙間ができて空気が通ります。
ボタン、バルブは矢印の向きに動きますが、空気は逆向きに出てきます。



ボタンとバルブの部品を取り出してみました。
この部分は修正する事は殆どないので普段は外す事はありません。
見ての通り、驚くほどシンプルです。
金属部分はアルミニウムなので軽量で、ボタン、ステム、バルブまでが
とても小さくて軽量です。
この事で最小の力で操作でき、ボタンを離した後の戻りが素早く、
キレの良い演奏が可能です。
前述の通り、吹いた空気はバルブを閉じる方向に働くので無駄にバネ圧を
上げる必要がありません。
鍵盤ハーモニカはシーソーの様な構造になっていて、鍵盤の操作部と反対の端に
バルブが付いています。
操作部が大きい事と、軸を中心に重さのバランスを取る必要があるので
全体が大きく重くなり、離鍵時の戻りはアコーディナより遅くなります。
バネ下荷重が重いという表現が分りやすい方もいるかも知れません。
この事はアコーディオンの鍵盤式とボタン式でも言えます。
ボタン式はキレが良いという事の根拠になる部分ですが
この事に言及しているのは見た事がありません。(日本語の範囲ですが..)



整備の方へ戻ります。
高音部のリードを外しました。
既にこれは冒頭で見た..と言われそうですが、これは冒頭部分と反対の側面です。
反対側の高音域のリードも同様に外して調整します。



そして、同様に反対面の低音部のリードも外して調整します。
外していないリードは殆どの場合、外さずに調整します。
外さないと修正できない場合は中音域のリードも外しています。
実際に詳細まで分解して作業していないとこのような画像は出せません。

アコーディナの欠点がここにもあります。
アコーディナではリードを側面に縦に並べている事で長さに制限があります。
アコーディナでは低音になるに従いリードは途中から全て同じ長さになります。
実際には低音では長いリードが必要ですが先端を重くして長さを抑えています。
ですが、その方法では限界があります。
このためにアコーディナの最低音付近は発音があまり良くなく、
強い音で発音が止まったり、ピッチが安定しないという欠点があります。
楽器を厚くすれば長いリードが入りますが本体が大きく重くなります。

アコーディナよりスペースに余裕が作れる鍵盤ハーモニカでは
長い低音リードを入れられるため低音部の発音が良いです。
どんな楽器にも一長一短があるのでどれが良いというものではありません。
自分が好ましいと思う部分がある物を選択するだけです。



リードの修正が終わり、本体内の細かい不具合の修正や清掃、洗浄が終わったら
裏蓋を戻してネジを締めて固定します。
この楽器は軸径が1.5mmという極細のネジ6本で留められています。
なので細心の注意を払ってネジの取り外し、取り付けを行っています。

ネジの扱いは簡単なようでとても気を遣う作業です。
間違った操作をするとネジを傷めたり、折れたり、元のネジ穴ではない所に
ネジを入れたり、元のネジの溝と違う溝にネジを入れてしまったり..
そんな場合、意外に修復が困難な時も多く、その事で楽器も使えなくなるという
状況になる事もあります。
なので、単なるネジの開け閉めという事はなく、わかっている人ほど
多くの神経を使っている作業です。
ネジを緩めるだけで簡単!などと表記しているのは何も分っていないと思います。
同様に多数のネジ留めで蓋をしているコンサーティーナも
不慣れな人が気軽に開閉しない方が良い楽器の一つです。
実際、ネジトラブルで持ち込まれた事が複数回あります。



アコーディナの底板を取り付けると気密が出るので発音できるようになります。
ここで初めて実際の発音をテストします。
一度外して調整したリードでも発音が気にいらない場合は再度外して調整します。
この2箇所は再調整のために外しました。
全ての発音に問題がなくなれば最後に調律をします。
発音の調整をすると調律が変わりますし、輸入後の調律は完全ではないので
最後に全体の調律を行うのは必須です。



調律を完了した後に改めて底板を外しました。
見ての通り、呼気から生じた凝縮水が楽器内に付いています。
吹く楽器から排出する水分を唾液と思う人もいるかも知れませんが
殆どは呼気中の水蒸気が内部の冷えた面に当たって凝縮した水です。
ガラス窓に、はぁ~とやると曇るあの現象です。

アコーディナの息が最初に入る部屋はこんな感じで、空間とバルブがあるだけです。
鍵盤ハーモニカではバルブではなくリードが並んでいます。
最初に作られたアコーディナはもう少し手が込んでいて
底板が二重底になっており、呼気は最初に二重底の下を通ってから
バルブのある方へ行きます。
殆どは二重底の中で凝縮が起きでバルブ以降での凝縮を減らす工夫があります。
近年のアコーディナではその構造は省略されています。
同じ時期に作られたクラビエッタ(Clavietta,クラヴィエッタ)という
鍵盤ハーモニカにも二重底構造がありました。
また、空気の通る順番もアコーディナと同じ向きで
一般的な鍵盤ハーモニカとは全く違う構造になっています。
HOHNERの古い鍵盤ハーモニカでも同じ思想の凝った構造の物があります。



本体内で凝縮した水分は端に付いているドレンバルブから排出できます。
普段のメンテナンスはここからの排水だけで、分解の必要はありません。
リードがある面は外に開放されているので早く乾燥状態になります。



調律の後は洗剤で洗います。
これは新品の調整後に行っていますが、修理で来た場合も同様にしています。
近年は新型コロナの事もありますが、それ以前からこの作業は実施しています。



このアコーディナは側面にステンレスのカバーが付いていて切り抜きで
模様がデザインされています。
開口部が多いのでリードの音がダイレクトに外へ出ていきます。

この部分ですが、金属の断面が直角で、尖ったデザインも多いので
演奏で手で持つと指当たりが痛いです。
なので当店では鋭利な部分の淵を削ってからお渡ししています。
両面の作業をするとかなり時間が掛かりますが自分で使ってみて気になるので。
同じ物を同じように売っていては意味がありませんし、
当店を選んでいただいたからには..という気持ちもあります。



側面のカバーには網が張ってありますが、接着は一部のみで
ご覧の通り、中央部はフリーで簡単に浮きます。
隙間から指が入ると網が内側に入りますし、内側にたるみが出ると
直下にあるリードと干渉して発音に影響します。
なので当店では網を接着補強しています。



ここまでの修正、調律を行って完了です。
これだけの作業を行ってやっとお渡しできる状態なります。


コメント

コメントをどうぞ

※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。

※なお、送られたコメントはブログの管理者が確認するまで公開されません。

※投稿には管理者が設定した質問に答える必要があります。

名前:
メールアドレス:
URL:
次の質問に答えてください:
迷惑書込み対策です。
下欄に楽器の名前をカタカナ(全角)で入力下さい。
当店は何の専門店でしょうか?

コメント:

トラックバック

このエントリのトラックバックURL: http://accordion.asablo.jp/blog/2022/02/07/9470631/tb

※なお、送られたトラックバックはブログの管理者が確認するまで公開されません。