ボタンの分解修理2023/09/10

フレンチタイプのボタン式アコーディオンの修理を承りました。
不具合の内容は空気漏れです。
ボタンを押していない状態で開いておいた蛇腹を閉じると
大きな力を入れなくても蛇腹が閉じて行くという症状です。
強く閉じると音が出る事もあります。


楽器はPIERMARIAのHMML、MLチャンバーの楽器です。
パッと見は何ともないように見えますが..


表の角部分にヒビがあります。


反対側の角も割れています。


更に、ボタンが並んでいる板状になっている部分と
本体が交わる部分に亀裂があります。
この部分は鍵盤式で割れている事例がよくありますが、
鍵盤式のように大きく張り出していないボタン式で割れている事は珍しいです。


楽器を分解して内側から見るとヒビは内側に達している事が確認できました。


反対側の角部分も同様です。
この割れからの空気漏れも多少はありますが、大部分の空気漏れは別の場所からです。
ボタン部分の付け根が割れた事で楽器が歪んで、ボタンの操作で開閉するバルブからの
空気漏れが主な原因でした。
バルブ1つからは僅かな漏れでもバルブは沢山あるので全体では大きな漏れになります。


という訳で、ボタンの部品を全てバラす必要が出てきました。
まずはボタンのトップを外して行きます。
ボタントップは強くねじ込んであるので外すのが大変です。


92個全て外しました。


ボタントップを外す理由は、その下にあるパネルを外したいからです。
これが外れないとボタンの機構を分解する事ができません。
もしこの板が無ければボタントップは付けたままで分解できるでしょう。
鍵盤式を分解する時は、この板は無いのでそのまま分解できます。


ボタン機構を分解して行きます。
本体の端にある軸2本を引き抜いて、低音側のボタンから順番に外して行きます。
鍵盤より機構が複雑なので気を遣います。
この楽器はチャンバーがあるので、より複雑な機構になっています。


外したボタンの部品です。
ボタン式は全音程が3段に分かれているので部品も3種類になります。
この楽器はボタンが5段なので、3つのうち2つの部品には
ボタンが付く箇所が2つあります。
1音の部品は途中で二股に分かれ、バルブが一つずつ付きます。
これはチャンバーの楽器の特徴です。
チャンバーの有無で1音に付くバルブの数が倍になります。
例えば、41鍵盤の楽器でチャンバーが付くとバルブは82個になります。


ボタンの部品を全て抜き取りました。
この楽器は音域が56音なので、部品も56個あります。
これで本体がフリーになったので割れた部分の接着を行います。
1音分のボタン機構にはバネが1つ入っていますが、
全部で56音分のバネの力が本体には常に掛かっています。
1音分は100gf程度の力ですが合計すると大きな力になります。
ボタンを外せば本体はバネの力が掛からないフリーな状態になります。


取り外した部品ですが56個もあるので置場に困ります。
同じような形ですが、順番が1つでも入れ替わると楽器として機能しません。


この楽器には本体の歪による空気漏れ以外の問題がもう一つあります。
バルブに付いているバルブ材(フェルト、革)の接着剤が劣化して
バルブから剥がれやすくなっています。
実際、以前にバルブ材剥がれによる空気漏れがあり、修理した事があります。
その時は分解せずに1箇所直しただけでしたが、
この機会に全てのバルブの接着を補強します。
バルブは全部で112個あります。


接着の問題でバルブ材がズレている箇所がありました。
本体の歪の問題がなくても、いずれは分解が必要になったでしょう。


革に亀裂がある部位が貼ってあるバルブがありました。
これは製造時からの問題です。


全てのバルブの接着補強を完了し、楽器本体の接着も完了したので
ボタンの部品を一つずつ戻して行きます。
外す時と逆に高音側から2本の軸へ通して行きますが、分解の時とは違います。
戻す時はバルブの当たりのチェックと修正をして行くので時間が何十倍も掛かります。
特にチャンバーのある楽器は2つのバルブの圧を均等にする必要があります。
また、この楽器は伝統的なバルブの固定方法ではない作り方なので
調整が更に困難になります。
一般的にバルブはロウ留めで部品に付けられますが、
この楽器はゴムの部品に通すようになっています。
新品を作成する時はゴムが柔らかく、面に追従しますが修理の時にはゴムが
硬くなっているので調整の誤差が許されず、難しい作業になります。
ロウで留めている物はロウを除去して付け直す面倒はありますが、
面に追従させることができます。
この時の調整次第で最終的な空気漏れの具合が変わりますので、
慎重に進める必要があります。


最初の3音が入りました。
ボタン式は機構が複雑なので組付けも気を遣います。
鍵盤式より楽器が高額になる要因の一つです。
これは何かあった時の修理費にも影響します。


もうすぐ半分。
調整しながら戻しているので、分解する時の何十倍も時間が掛かります。
後半になるとスペースが少ないので組付けが難しくなります。


全てのボタンが戻りました。


角度を変えて見たところです。
ボタン式はボタン裏のパネルが外れるので、両面のパネルが無いと
ご覧のように、楽器の向こう側が見えます。


表のパネルを戻します。


ボタントップを付けて行きます。


1/3完了。
演奏中に外れないようにしっかりとねじ込みますので、段々と手が疲れてきます。
92個入れ終わる頃には腱鞘炎のようになります。


無事に全てのボタンが戻りました。
空気漏れを確認しましたが良好な状態になりました。
ブログで書くと1ページの事ですが、ここまで長く掛かりました。

この楽器は本体が割れて歪ができた事で問題が起きました。
何故本体が割れたのかと言うと、落下させたからです。
車の後ろの荷室へ楽器を載せて、到着後にテールゲートを開けた時に
楽器がゴロンと落ちる、という感じです。
このタイプの事故はちょくちょくあります。
セダンタイプの車なら起きませんが、最近は軽自動車やSUVが多いので
後部荷室を開けると姿勢を崩した楽器が転がり落ちる事があります。
楽器を落とすと最悪の場合、修理不能になりますので、気を付けましょう。

車に楽器を載せる場合、人が乗る所にする方が安心です。
後部は潰れるように作ってあるので追突などで楽器を壊す可能性が高くなります。