高級機の調律2023/11/24

イタリア製ボタン式、有名ブランドの高級機の調律を承りました。
購入から1年程度ですが、発音の悪い箇所が多くあるという事で全体の調律を行う事になりました。
発音不良の修理で音程を合わせる調律は無関係では?と思うかも知れませんが、
リードの発音調整を行うと音程がずれるので、調律とセットで行う必要があります。
また、この楽器は購入時にMMの波の速さを購入者に確認して調整しておらず、
初期の状態で渡されているので、その部分を調整する目的もあります。


右手のリードです。
新品に近い楽器なので見た目はとても綺麗です。


200万円もする高級機なので勿論ハンドメイトリードですが、
ハンドメイドの中でも特別なリードが使われている事がリードの刻印から分かります。
商品説明でもその部分が強調されています。


リードをひとつずつチェックしていくと、隙間の調整が不十分である事が見えてきます。
右手のLリードの低音域ですが、
矢印のリードはその付近のリードと比較して隙間が狭いです。


これはMリードの高音域ですが、近辺のリードと比べて隙間が多いです。
リードの隙間はとても厳密に調整する必要があり、
これができていない楽器は、弱い音の出始めが遅くなったり、
とても強い音で鳴らそうとした時に発音しない、などの症状が出ます。
高価な楽器でも、有名ブランドの物でも、輸入時の調整は不十分なので
販売前に全てのリードのチェックと調整を行い、調律を行う事が必須となります。
少なくとも当店では、低価格から高価な楽器、中古、新品に関わらず、
全ての販売楽器でそのようにしてお渡ししています。


リードの点検の為にリードの木枠を本体から外しましたが、
木枠の下に小さな異物を発見しました。


異物を取り出してみると、樹脂を加工した際の加工屑のようです。
このサイズだとリードに挟まって演奏中に発音停止となる可能性があります。
新品の楽器では楽器作成時の加工屑が残っている事があり、
初期トラブルの原因になりやすいですが、
リードの木枠を取り外して点検する事で、このような異物を発見する事もできます。


リードの調整不良が幾つも出てきます。
矢印部分のリードは、矢印の先の所が凸にカーブして隙間ができています。
これも発音不良の原因となります。


このリードは他と比べて明らかに隙間が多いです。
という具合ですが、全て挙げていたらきりがないのでこの辺にしておきます。
全体にリードの調整が不十分という印象です。
新品楽器なので製造時からのものですが、販売前にチェックと修正をすれば
良い状態で使っていただける筈ですが..


リードの木枠を外したので、スイッチ切り替えで開閉するシャッターの具合をチェックします。
スイッチの切り替えで四角の穴の下にあるシャッターは、
完全に開いた状態と、完全に閉じた状態を再現できなければなりません。
上の画像の上から2番目の列では、全開時に僅かですがシャッターが残っていて
開口面積が減っています。
これはスイッチ部分で調整ができるので、全開になるように調整しますが..


スイッチの調整機構を確認すると、ネジ部分が、はんだ付けで固定されていました。
通常はこのネジ部分でロッドの長さを調整して、シャッターの開閉具合を調整しますが
これではネジが回せないので調整ができません。
不本意ですが、シャッターが全開になっていない状態は僅かなので、
今回はこのまま調整しない事にしました。
このような処置がしてある楽器は初めて見ました。
ここは固定しなくても勝手に調整が変わる事はないのですが..


細かい不具合は他にもあります。
右手のリードの木枠を固定する金具を留めているネジですが、
木枠側のネジがダメになっていて、ネジが幾らでも回ってしまう状態でした。
この部分の固定はとても重要なのでネジ穴の修復を行います。
このような事例は頻繁にあるので都度対処しています。
リードの木枠に使われている木材は軽量化の為、密度が小さい
軽量な木材なので、小さな木ネジは数回締め直すと木材側の
ネジ山がすぐにダメになってしまいます。


右手側の調整が完了したら、次はベース側です。
ベースのリードの木枠は一般的な形状の5列です。
一番低音リードの列と対向している、三番目に低いリード列との
隙間がかなり狭いので気になります。
一番低いリードは長いので振動幅が大きく、大音量で鳴らした時は
対向するリードとぶつかってしまいそうです。
これはこの楽器の仕様なので、このままとします。


ベースリードの木枠を外しました。
ベース側もハンドメイドリードですが、右手のような特別な物ではなく
一般的なハンドメイドのようです。
右手側のような刻印は付いていませんでした。


ベースのリードでも隙間の調整にバラつきがあります。
赤と黄色の矢印のリードでは隙間が大きく違っています。


ベースリードの別の列ですが、ここでも隙間のバラつきがあります。
右手側と同様に無数にあるので、調整が不十分と思います。


表に見えているリードだけではなく、
裏面にある隠れているリードでも隙間の調整ができていません。
リードバルブをめくって確認すると場所によって差が大きくなっています。
内側のリードも含めて、全てのリードのチェックと調整を行って行きます。


ベースリードのシャッターも僅かですが、全開になりきっていません。
ベース側の方は右手側のように調整ネジが固定されていないので、
全開になるように調整します。


シャッターの調整を行いました。
四角の穴の開口面積は100%になりました。


他にもリードにまつわる不具合がありました。
木枠の内側にある矢印部分のリードですが、
どこに問題がある事が分かるでしょうか?


問題部分をリードバルブをめくって上から見たところですが、
リードを少し押して下げてみると、木枠の内側にぶつかっている事が分かります。
この状態ではまともな音は出ませんので修正します。
ベースリードはボタン一つで複数のオクターブ違いの同音リードが鳴っていますので、
ひとつのリードに不具合があっても音として気づきにくい事があります。


リードに貼ってある薄い短冊状のリードバルブですが、貼り方に問題があります。
矢印部分ですが、端が隣のリード端部の大きくなっている部分に重なっており、
リードバルブの下に隙間ができています。


該当箇所のリードバルブを剥がしてみると、リードに乗り上げている部分に
接着剤がまわっておらず、簡単にめくれてしまいます。
接着されていないフリーな隙間ができていると、蛇腹にかける圧力の変化で
音程が変化するという不具合がでるので、不良箇所は修正します。


このリードバルブも同様に、端がリードの端部に乗っていて浮いています。


少し持ち上げてみると、接着剤がまわっていないので端まで持ち上がります。


きちんと接着できているリードバルブの場合、少し持ち上げても
接着ができているので、上の画像のように途中までしか持ち上がりません。
これが正常な状態です。


問題のあるリードバルブは一旦取り外して貼り直しの修正を行います。
このような不良は無数にありましたが、全て修正しました。
この作業も調律が変化するので、調律とセットで行う必要があります。
当店で調律を行う場合、リードやリードバルブの調整は費用に含まれており、
調律前に全ての部分で確認と修正を行っています。

新品の有名ブランドの高価な楽器ですが、多くの修正を必要としました。
この楽器が特別に悪いという訳ではなく、
輸入直後のアコーディオンでは、どのブランドでも普通にある事です。
無論、当店で輸入しているブランドでも普通にある事です。
それをきちんと直して良い状態でお渡しできるかどうか、
それが販売店に求められる部分ではないでしょうか?
アコーディオンは、輸入して売るだけ、という訳にはいかない楽器です。

新品でも購入した楽器を使っていて、何となく発音が悪いとか、
調律がおかしいとか、空気漏れがあるなど、異常を感じたら、
まず購入店へ相談してみてください。
保証期間内であれば無償で調整できると思います。
その時、楽器が新しいから使って行けば鳴るようになるとか、
点検もしないで言うようなところなら諦めて当店へお持ちください。
きちんと調整された楽器は能力が最大に発揮できます。
高級機でも調整が足らなければ安い楽器以下の性能になる事もあります。


今年も..2023/11/20

早いもので、今年もあと1か月あまりとなりました。


という訳で、店内にクリスマスのディスプレイを行いました。


アコーディオン弾きのサンタさん、今年もお願いします。


店頭の小鳥もクリスマス仕様。
入店時に歌ってくれます。
ただし、全員歌うと無茶苦茶になるので、歌うのは1羽だけです。

クラヴィエッタの修理2023/11/05

現在は作られていないイタリア製の鍵盤ハーモニカ、
クラヴィエッタ(Clavietta)の修理を承りました。

主な不具合は、空気漏れと発音しない音がある事です。
原因は気密室のパッキンシールが劣化なので交換します。
発音しない音はリードの詰まりが原因でした。

クラビエッタの初期の物はバルブの樹脂(ゴム?)が硬化、変形して
大量の空気漏れと鍵盤の高さがバラバラになる状態になりますが、
この楽器は後期の物でしょうか?
その後の楽器でもバルブのゴムは黒い物が多いですが、これはシリコーン製です。
ただ、シリコーンは強度が低く、この楽器でもバルブが薄いので変形して
鍵盤が深くなっている状態です。
もう少し厚さがあれば解消しますが、バルブ受けるネジ側の隙間が細いので
厚みを増やすことは簡単にできません。


付いていたパッキンシールを取り除きました。
この後、本体に残った古い接着剤も綺麗に取り除きます。


パッキンシールを貼り換えました。
これで空気漏れが解消する筈です。

クラビエッタは同時期のBorelのアコーディナとメーカーが同じで、
構造など共通部分が多い楽器です。
大きな共通点はアコーディナと同じように、
吹き口→気密室→バルブ→リード という空気の流れです。
上の画像でも気密室の中はシンプルにバルブのみが見えています。
上にリードが見えていますが、これは気密室の外になります。
気密室を閉めていてもリードが表にあるので、
発音が大きく、調律も楽にできます。

先日行ったピアニカの調律の画像を見ると違いがよく分かります。
ピアニカなど多くの鍵盤ハーモニカは、
吹き口→気密室→リード→バルブ という空気の流れです。
なので、ピアニカは気密室の中にリードが並んでいます。


気密室に溜まった凝縮水を排出するバルブのパッキンも交換します。
ここからも空気漏れが起きますので。
形状がアコーディナとそっくりです。


修理が完了しました。
今回、調律は行わないのでこれで完了です。
一緒に送られてきたケースは革製の純正品のようですが、珍しいですね。
大体、木でできたスリムなハードケースに入って来る事が多いので。

食害2023/11/01

40年以上前に作られたEXCELSIORの調律を承りました。

点検、清掃の為、グリルカバーを外しました。
バルブのフェルトは問題ないようです。
古い楽器はフェルトが虫の食害で穴が空いている事があります。


バルブの奥には埃などが堆積しますが、この楽器は
動物の毛のような物が沢山入っています。
犬か猫を飼っているのだと思います。


バルブのフェルトは問題ないですが、バルブを留めているロウは
ひび割れが出ているので、近いうちに問題が出てくるかも知れません。


リードは問題なしですが、リードを留めているロウは修正した跡があり
ロウの劣化が見られます。
これも近いうちに問題が出てくると思います。
アコーディオンは50年程度で劣化部分による問題が顕著になってきます。
主に蝋と革が劣化してきますが、古い中古でもそれらを改修して
販売されている事はまずないので、あまり古い楽器は買わない事です。
蝋と革の部分を全て改めると、同等品の古くない中古が買えるような
金額になりますので、古い中古楽器が安ければ劣化部品の改修は
していないと判断できます。
楽器でなくてもそうですが、安くて良い物など無いという事です。


この楽器はベースストラップがオリジナルのままでした。
経年で硬化しているので新しい物と交換する為に
楽器を分割してベース本体を伏せて置きましたが、
楽器の端に小さな真円状の穴が幾つか開いている事に気付きました。
まるで細いドリルで開けたような綺麗な穴ですが、
見た時はその理由が全く分かりませんでした。


ベースの蓋を外すと、穴の理由が分かりました。
穴が開いている周辺の木に大きな空洞があり、
何かの虫が木を食べたという事が推測できます。


長年の埃にまじって細かい木の粉のような物が堆積しています。
ここにも動物の毛のような物があります。


ベースメカニックにも..


ベースの蓋部分の裏面ですが、指で字が書ける程に粉が付いています。


そのベースの蓋をひっくり返すと、何か出てきました。
ベースの脚部の空間に入っていたようですが、これは虫ですね。
幸い生きてはいません。
蛹かと思いましたが拡大して観察すると成虫の死骸と判断できました。
調べてみるとキクイムシという昆虫のようです。
アコーディオンでこの食害を見たのは今回が初めてです。
生きている虫はいなさそうなので、堆積した物を清掃するだけで済みました。


色々ありましたが無事にベースストラップを交換できました。
後は全体の調律を行うだけです。

鍵盤深さの調整2023/10/29

PIERMARIAの鍵盤式アコーディオンの修理を承りました。


一見普通の楽器に見えますが、グリルカバーに違和感があります。


グリルカバーに張ってある網が真っ白で目が開いていません。
網というより布です。


カバーを外して裏から確認すると白い布が張ってある感じです。
恐らく、最初からではなく、後で張り替えられたのだと思います。
端にマイクが付いていますが、この位置に1個だけでは
マイクから近い低音は大きく、高音部は小さな音になるでしょう。
マイク自体も何かから取り外した物のようです、


別の楽器のグリルカバーですが、一般的にはこんな感じの網が張ってあります。
これは開口部から中が丸見えにならないようにするだけではなく、
異物の侵入を防ぐ役割がありますが、
音が抜けやすい素材を選ぶ必要があります。


という訳で、この網に張り替える事になりました。


もう一つ、違和感がある部分があります。
弾いてみるとすぐに分かりますが、鍵盤が異様に浅いです。
測ってみると、2.5mm程度しかありません。
一般的には4~6mmなので、半分程度です。


鍵盤のバルブを見ても異常はないので、
恐らく最初から鍵盤が浅い仕様なのでしょう。


バルブを見ていてまた別の違和感を感じました。
黒鍵のバルブですが、何故かバルブの先に鍵盤からのアームが
5センチ程度、突き出ています。
通常はバルブまでの長さで切断される部分ですが、何故か残っています。
特に役割は無いので楽器の重さを無駄に増やしているだけでしょう。
鍵盤のバネ下加重も増えるのでレスポンスに影響します。
今までにこのような楽器は見た事がありませんが、何か訳があるのでしょうか?


この楽器はイタリア製ですが、鍵盤の固定は一般的なものではありません。
イタリア製のアコーディオンの鍵盤は殆どの場合
2本の軸で全ての鍵盤が串刺し状態で固定されています。
軸が2本なのは黒鍵と白鍵でそれぞれ軸が違うからです。
この楽器は鍵盤一つずつがバネで固定されています。
とても古いイタリア製では時々ありました。
中国製の楽器では今もこの方法です。
この方法は鍵盤の任意の場所を取り外しできます。
串刺し方式は端から順番に抜くしかありませんのでメンテナンス時は
大変になりますが、鍵盤の固定がしっかりしているので
演奏時のフィーリングは良いです。


鍵盤の深さを調整する為に鍵盤を全て外しました。
今回は全て外すので任意の場所で取り外しができる鍵盤の
メリットは無しでした。


鍵盤の端の下の部分にフェルトが貼ってありますが、
鍵盤の端がここに当たる事で鍵盤の深さが決まっています。
このフェルトを薄くすれば鍵盤は深くなります。
貼り換えられた形跡はないのでやはり、
最初から鍵盤が浅い状態の楽器だったという事でしょう。


鍵盤が浅い方が演奏しやすくて良いという人もいますが、
あまりに浅いと弊害が出ます。
鍵盤を押し下げるとシーソーのようにバルブが上がります。
バルブが上がると下にある穴から空気が出入りできるので音が出ます。
鍵盤が浅いとバルブが上がる高さも少なくなります。
バルブが高く上がらないと空気の出入りの抵抗になるので音が弱くなります。
上の画像は鍵盤が浅い時のものですが、バルブは先端は大きく開きますが
後ろになる方は少ししか開きません。
この楽器は4セットリードなのでバルブの下の穴が4つありますが、
バルブの後ろの方の穴はバルブとの隙間が少ないので音が弱くなります。
なので、むやみに鍵盤を浅くすることはできないのです。


鍵盤下のフェルトを剥がしました。
細い方は黒鍵の下のフェルトです。


この楽器には別の問題がまだあります。
鍵盤のバルブに付いているフェルトの接着が弱くなっていて
剥がれてくる状態になっています。
完全に剥がれると音が出たままになりますので、
剥がれないように接着補強を行う事にしました。

少し前に修理したボタン式のPIERMARIAでも同じ事が起きていました。
フェルトも緑色でしたし、同じ時期に製造された物は
同じ問題が出ている可能性が高いです。


鍵盤下のフェルトを貼り換えました。
バルブのリフト量が上がっているのが分かると思います。


全ての鍵盤を戻して作業完了です。


鍵盤の深さは約4ミリになりました。
これでも少し浅めですが、急に大きく変化すると
演奏しづらいと思いますので、ほどほどにしました。


グリルの網も張り替えました。
見た目の違和感は全くなくなりました。


見た目だけではなく、音の抜けも良くなったと思います。
鍵盤のバルブのリフト量も上がったので、更に音が出ていると思います。


この楽器ですが、色々と他と違う作りがある物と思いますが
本体にも特徴がありました。
本体は一般的には木が使われていますが、樹脂の成型品のボディーでした。
厚さも一般的には薄い所で4mm程度ですが、6mmあります。
過去には金属ボディーの楽器など色々な物が作られましたが
今は木が殆どだと思います。


本体が樹脂製だからと思いますが、重さは11.6kgもありました。
この楽器はチャンバーの無い120ベース、MMMLですが、
11.6kgはチャンバーのある楽器の重さに近いです。
一般的には10~11㎏の範囲に入る仕様でしょう。
この楽器の公式に発表されている重さは分かりませんが、
楽器の重さはカタログやウェブ上の表記はあてになりませんので、
重さが気になる方は必ず実測値を確認するようにしましょう。