調律依頼 → 鍵盤の修理2023/04/30

Bugariの白い塗装仕上げのアコーディオンの調律を承りました。
関東からのご依頼ですが、わざわざ楽器をお持ちいただきました。
その場で点検と打合せを行い、調律の見積もりを行って、楽器をお預かり、
という流れで、お帰りいただいたのですが..


楽器を収納しようかと思って何気なく見ると、
調律の点検では気づかなかった、鍵盤の深さに異常がある事に気付きました。
鍵盤の低音から高音にかけて段々と鍵盤が深くなっている事が分かるでしょうか?
これは重大な事なので、見ていただこうと思い、店を出たばかりでしたので
追いかけて呼び戻す事になりました。


低音の鍵盤の高さは5ミリ程度です。


高音では8ミリ程度になっています。


鍵盤の深さ(高さ)に傾斜が付いている原因はコレです。
鍵盤付け根部分の本体の損傷です。
古い楽器ではありませんし、調律だけの事ですので、最初の点検で見落としましたが、
最初から疑って見たらすぐに気づきます。
実際、このような状況は使用者も気づかずに使っている事が殆どです。
今年は何故かこのタイプの修理が多いです。


楽器を内側から見ると、外側から見た割れと全く違う向きにヒビが入っています。
位置的に空気漏れは起きないですが、
損傷が酷くなると鍵盤のバルブがズレて空気漏れが出る事もあります。
特に、チャンバーの楽器はズレに対する反応がシビアなので影響が出やすいです。
この楽器はチャンバーは無いので多少のズレがあっても普通に使えるので
気づかずに今まで使ってきたのでしょう。


外観を点検すると、それ以外にもヒビ割れがありました。
これは全面の角部分です。
これは空気漏れもなく、機能的に問題ない割れでした。


もう一カ所、ヒビがありました。
鍵盤の端の所ですが、これも外観のみで、機能j的な問題は無しです。
複数の傷があるので、楽器の取り扱いに問題があるのかも知れません。
或いは、一度の転倒や落下などで同時に起きた事かも知れません。


詳細に点検を行うと、別の新たな問題を発見しました。
鍵盤のバルブの1つの位置が少しズレていて、下にある穴が出ていそうな感じです。
実際、少し空気漏れがある楽器と思いましたが、これが原因かも知れません。


鍵盤を押すとバルブが上がって下の穴が見えます。
バルブが上がって空気が出入りできるようになる事で、
この部分の音が鳴るという仕組みになっています。
バルブの位置がズレていると完全に穴を塞ぐ事ができずに空気が僅かに漏れます。
場合によっては少し音が出ますが、現状では発音はありません。
ただ、この楽器はこれから調律を行う過程で、
発音の調整をするので、それによって発音が改善すると
弱い空気漏れでも音が出るようになる可能性があります。
特に、この位置は高音域なので弱い空気の動きでも音が出ます。


リードを外して内側からライトを当ててみると、光が見えました。
やはり、下の穴がバルブの範囲から出ていました。
これも修理が必要です。
ズレているバルブは1箇所だけなので、製造時からの不具合でしょう。
新品楽器でも購入時の空気漏れチェックは必須です。


鍵盤付け根の本体割れの修理、鍵盤のバルブズレの修理を行う事になったので
鍵盤を全て外す必要があります。
先だってバルブの上にあるスイッチ(レジスター)を取り外しました。
裏返すと埃でかなり汚れています。
この機会に清掃を行います。


バルブがズレている所を真上から見た所です。
レジスターを取り外したので状況が良く見えるようになりました。
矢印部分のバルブですが、他のバルブより明らかに位置が違っています。
この音程は一番高いミの音です。
バルブは2列あり、上の画像の手前側は白鍵、上は黒鍵のバルブですが、
このミの音だけ例外で、白鍵のミですが黒鍵側の列にバルブがあります。
これは、黒鍵だけを1列にすると、黒鍵に無い音(E#、B#)の位置の
リードが無く、スペースが無駄になるので、一部の白鍵の音のリードを
黒鍵側に移す事でスペースを有効利用する為の策です。
この楽器では最高音のEだけですが、低いEやBなども
黒鍵列に入れられている楽器もあります。


鍵盤を全て外しました。
鍵盤の下にもかなりの埃が溜まっています。
折角の機会なので、ここも清掃します。
細い毛のような物が多数あるので、何か動物を飼っているのかも知れません。


鍵盤が無くなり、内側から損傷部分がよく見えるようになりました。
ヒビ割れは表側から見える部分から90度向きを変えています。
これは合板の合わせ目部分が剥がれるように割れた為です。
接着修理して元に戻します。


右手側の本体ですが、リードも鍵盤も外すと、とても軽くなります。
試しに測ってみると、1.4kgでした。
ボディーがこの程度の重さになるように、できるだけ薄く作っているので
大きな力が掛かると今回のように割れてしまいます。

アコーディオンは全体では重いので何となく丈夫そうに感じますが
部品を外した状態の箱はとても薄くて軽いです。
重いのは部品が沢山入っているからで、本体は軽量になっています。
取り扱いは慎重にしましょう。


接着修理が完了しました。(1日経っています)
外の塗装部分のヒビは残っていますが、本体は直っています。
通常ならこれで鍵盤を戻して完了ですが、今回はバルブのズレの修理があります。


バルブのズレがある所のバルブです。(左)
右は正常なバルブです。
バルブの下にある3つの四角の穴の跡が革に残っていますが、
左のズレている方は一番上の穴の上の所に余白がありません。

左のバルブの中央が細く凹んでいるのは、黒鍵列に白鍵のバルブが入る為です。
白鍵と黒鍵では軸の位置が少し違うので、白鍵のバルブを黒鍵の列に入れると
鍵盤を押した時のバルブが持ち上がる量が減ります。
それを補うために、バルブの中央に大きな凹みを作って
僅かなリフト量でも空気が抜けやすくしてあります。


バルブを側面から見た所ですが、白鍵側のバルブには白いフェルト層がありません。
これも位置が黒鍵列になった事によるリフト量の減少を補う為の策です。
フェルトが無いので経年で革が硬くなると離鍵時の音が少し大きくなります。


バルブの位置がズレているので、一旦バルブをアームから外します。
この楽器ではロウで接着されています。


バルブを正しい位置になるように調整します。


位置が決まったら溶けたロウで固定します。
これでバルブの位置ズレも解消しました。


鍵盤を全て戻して作業完了です。


鍵盤を全て戻して、この関連の修理は完了です。
鍵盤を戻しても本体の割れは異常なしです。
鍵盤にはバネが付いていて、指を離せば戻るようになっていますが、
本体のこの部分には、鍵盤の数×バネの力が掛かっています。
一つ一つは100gf程度ですが、37鍵盤なら4kgf近い力が常に掛かっています。
なので、本体の端が割れるとバネに押されて本体がひずみ、
鍵盤の深さに異常が出ます。
本体の修理が完了したので、塗装面のヒビは残っていますが今は問題ありません。


ここからようやく、当初の目的である調律作業に入れます。
まずはリード周りの修正、調整から行います。
新品で購入した楽器ですので、リードバルブの反りは酷くありません。
リードを留めているロウの劣化もありません。


右手のリードですが、隙間の量にバラつきがあります。
これは使用する事で変化しませんので、製造時からこの状態でしょう。


ベース側の方ですが、分解すると、スイッチの切り替え機構に異常がありました。
矢印部分の部品が曲がっていて、斜めに傾いています。
同じような部品は4カ所ありますが、そのうちの一つだけ曲がっています。
これは2つあるスイッチを同時に強く押す事で起きたのだと思います。
本体の割れが複数あり、このような不具合も出ているので
楽器の取り扱いを見直した方が良いでしょう。


ベースリードですが、こちらも古くはないのでリードバルブの反りも少なく、
リードの錆やロウの劣化はありません。


右手同様に、リードの隙間の調整は不十分なので不揃いです。


ベースリードの高い音域のリードでも隙間にバラつきがあります。
リードの隙間、リードバルブの反りや取り付けの問題、リードブロックの固定、
スイッチの調整など発音に係る部分を全て修正し、最後に調律を行います。
当店で販売する楽器は新品、中古共に、最初にこれらの事を行って
お渡ししています。
勿論、MMの波の速さは任意に決められます。


ベースの底板部分に割れがあります。
これはアルミ板なので、塗装部分が浮いている状態と思います。


ベースボタンに傾きがあります。
ぶつけやすいdimのボタンです。
やはり、楽器の取り扱いに問題がありそうです。

調律だけの予定が大掛かりな修理になってしまいましたが、
リードの調整や全体の調律を行い、MMの波の速さも目的に合うように
変更する事になりましたので、これからは良い状態で使って行けるでしょう。