フランスの鍵盤式2022/02/14

フランス製の鍵盤式アコーディオンの調律を承りました。


日本ではcobaさんが使った事で知名度が高くなったフランス Cavagnoloの鍵盤式です。
フランスでは他の国と違いボタン式を使う人が突出して多く、フランス独自のボタン式アコーディオンが存在します。
一般的なボタン式をインターナショナルタイプ、フランスの特徴的な物をフレンチタイプと呼んで区別しています。
この楽器はその特徴を持った鍵盤式という事で貴重な楽器となっています。



調律のご依頼ですが点検のために無関係な各部の分解も行います。内部の清掃を調律時のサービスとして行っていますのでその意味もあります。
フレンチボタンと同じ方式のグリルカバーは一般的な手で留めるネジ2本の物と違い幾つもネジを外さないと外せません。
グリルカバーを外すと大量の埃がすぐに現れました。



鍵盤の奥にも沢山の埃が堆積しています。



音の切り替えを行うスイッチ(レジスター)の周囲にも埃が付いています。
空気を出し入れして鳴らす楽器なので長く使えば埃が溜まります。
アコーディオンは定期的な調律と清掃が必要な楽器です。
当店では調律を行う場合は内外の清掃も併せて行っています。



フレンチタイプのボタン式は胸当てが付いていない事が一つの特徴ですが、鍵盤式のCavagnoloでも同じ様に胸当てがありません。



楽器の裏面をよく見ると規則正しく小さな点(凸状)が並んでいます。オーストリッチの革のようです。



実はこの楽器、届いた時は手製の胸当てが付いていました。
フロアマットのようなものを切断して貼ってあるようです。



その胸当ての裏面には恐らく、滑り止めのためと思われる軟質塩ビ(多分)の突起が付けられていました。
これが長く楽器と触れている事で楽器表面のセルロイドと反応して跡がついたのだと思います。恐らく、樹脂中の可塑剤のせいでしょう。
楽器裏面で目立たないので良いですが、柔らかい樹脂などを長く接触させておくとこのような事が起きる場合もあります。



ベースボタンですが、ここにもフレンチボタンの特徴があります。
階段状になった所にトップがキノコ型の全て沈み込まないボタンが付いています。
Cavagnoloの鍵盤式ではその後、イタリアメーカーのOEM品が出ています。イタリアで作られた物はボタンが一般的な円筒状の場合が多いです。



左手を通すベースストラップの調整をするダイヤルもイタリアの楽器と違って楽器の下部に付いています。Cavagnoloだけではなく、Maugeinなどフランス製のフレンチボタンではこのようになっています。フレンチタイプのボタン式でもイタリア製の物は楽器の上面にダイヤルがあり区別できます。
正直なところ、ダイヤルが下にあると操作しにくいです。
以前、Maugeinへ行った時に聞いたところ、外観重視のためという事でした。
蛇腹留めが付いていないのも大きな特徴ですね。それも外観をスッキリさせるためらしいです。フランス人の拘りでしょうか?



右手のレジスタースイッチは数字が書いてあるだけでリードセットがどのようになっているのか分りません。これもフランス製Cavagnoloのオリジナルで、イタリアOEMの場合はリードセットが分るような表示があります。
フランス製に拘る方はこのような特徴を元に楽器を探すと良いでしょう。ただ、イタリアOEMの楽器が悪い物という事はないので実際には音や操作感で決める方が実用的です。

フレンチボタンでは楽器の裏面にスイッチがありますが、鍵盤の場合は親指の頻度が高いので裏面にはなっていません。



フレンチタイプのボタン式はインターナショナルタイプとは違った特徴がありますが、最大の特徴はリードの留め方でしょう。一般的な鍵盤式やインターナショナルのボタン式はリードがロウで留めてあります。フレンチボタンはリードが釘で木枠に留めてあります。その事により、独特なクリアで抜けるような音色が出ます。

鍵盤式のCavagnoloでもその部分は同じ作りになっているので他にはない音質が得られます。イタリアOEMの物でもそのようになっているので心配無用です。Cavagnoloでは上の画像のようにネジも併用されているのが特徴です。
イタリア製でもCooperfisaでは注文時に釘留めを指定する事ができます。

一方、外観はフレンチタイプボタンの特徴を持っていてもリードはロウ留めという楽器も存在します。

折角フレンチタイプを選んだつもりが音は普通という事になりますので注意が必要です。どちらの音が良いという訳ではないので音が気にいっていればロウ留めでも何も問題ありません。問題なのはそれを説明なしで販売している事です。



ベースの内部も清掃の為に開けました。
面白いのは部品の一部にラーメンどんぶりの淵に書いてあるような模様が入っていることです。装飾以外の意味は何もありませんがこれもフランス人の拘りでしょうか?
イタリアOEMでは恐らくこのようになっていません。



ベースの蓋を開けたのはもう一つ理由があります。
実はこの楽器、ベースストラップのダイヤルが不調でストラップの調整がうまくできませんでした。分解してみるとご覧の通り、ダイヤルを留めている金具のネジが緩んでいました。この影響でダイヤルが斜めになって回りづらくなっていました。

普通に使っていても稀にこのような事はありますが、この楽器では原因が分かっています。先にも書いたとおり、ダイヤルが本体の下部にあります。また、蛇腹留めがありません。
なので、楽器を抱えた状態から下ろして床に置くなどの場合、下面で一番出ているのはダイヤルの淵になるので、都度、床に当てる事になります。それが原因で金具に負担が掛かりネジが緩むという訳です。
フレンチボタンやCavagnolo鍵盤をお使いの方はお気をつけください。



ベースにはもう一つ問題がありました。
上の画像の一番手前の列の左から2つのボタンは斜めに曲がっています。この部分は楽器の端にあるので演奏中や楽器の上げ下ろし、運搬中にぶつけやすく、ボタンを曲げてしまう事があります。
一般的な円筒のボタンと違ってキノコ型は曲がりやすいので特に注意が必要です。



これは曲がっていないボタンを押したところです。
ボタンの下に繋がるアルミニウムの棒は斜めになっていて、再度ボタンと同じ角度になるところで扁平な形状になります。
その先には3箇所の突起があり、3箇所の突起と交差する部品を押して所定の3和音が出るようになっています。

ちなみに、7thやdimでも3和音です。とても古い楽器では4和音の物もあります。
また、80ベースなどdim列が無い楽器でも押し方を工夫する事でdimの和音は出ます。(イタリアや中国の80ベースではできない物があります。)
「96ベースあるので80ベースと違ってdimが出ます」という売り文句を見た事がありますがそれは間違っています。80ベースでもフレンチタイプや同じような作りの楽器ではdimが出ます。
元より、フレンチタイプではベースボタンが3列、和音のボタンが3列の96ベースや120ベースになっている物があり、dim単独のボタンはありません。それでもdimは出るようになっています。
なので80ベースでdimが出ないという事はありません!!



斜めに曲がっているボタンを押してみると..
中の部品が右寄りに進むため、青い矢印の突起と黄色矢印の部品が接触せずに通過しています。
このため、この部分は3和音のうち一つが鳴っておらず2和音になっています。



その隣のもう一つの斜めボタンを押してみると..
この部分では突起はうまく接触して3和音出ています。(黄色〇部分)
ですが、その手前の棒が丸から扁平に変わり角度が付いている所ではその隣のボタンの突起部品と接触していて深く押すとその音が出てしまいそうな感じです。(赤矢印部分)
という訳でボタンが曲がると音に異常が出たり、ボタンが戻らなくなったりという問題が出ます。



ボタンは真っ直ぐ戻しました。
何度も曲げてしまうと修理で折れることもあるので注意が必要です。



内部清掃、リード周りの発音に関わる部分の調整、不具合の修理などを終えて全体の調律を行いました。
そして、本来は無いですが、ユーザーの希望で胸当てをつけました。
ちゃんとした専用部品なので見た目も使用感も良いです。
ちなみに、これは鍵盤用とボタン用があり、この楽器は鍵盤式なので鍵盤用を付けました。(台形になっています)
先の手製の胸当てのような直角の形の物は鍵盤式に付けると余白ができて見た目もフィットもイマイチですが、何故かそうなっている中古や修理品を時々見ます。



背負いベルトも古くなっているので新調します。
見た目も装着感も改善します。



ベルトは見た目などの事より重要な役目があります。
楽器を吊り下げ、体に固定するという最も大事な役割ですが劣化するのは外観だけではなく、金具と当たって重さが掛かっている部分です。
古い物と新品を比べると分りますが太さや厚さが全然違っています。場合によっては細かい亀裂が入ります。
ここが切れると演奏続行不能になりますし、最悪の場合楽器を落下させますのでいつも点検して切れる前に交換しましょう。
価格を使える年数で割れば大した出費ではありません。



音、内部、外観全て綺麗になり後は使う方のところへ送るだけです。
良い楽器は高価ですがメンテナンスをしながら長く使って行く事ができます。