ドイツ製アコーディオンの整備2023/06/12

40年程度以前に製造されたHOHNERの修理、調律を承りました。
使っている方は演奏活動をされているという奏者です。
楽器は調整済みの中古という事で購入したという事です。


37鍵盤、MMLという仕様のHOHNER VERDIという楽器です。
何故かグリルカバーの網が一部無くて中が見えています。
主な不具合は、鍵盤の操作ノイズ、右スイッチの不具合、空気漏れ、
調律のズレなどです。
ご依頼時に聞いていたのは、空気漏れがあるので蛇腹を交換して欲しい
という事でしたが、蛇腹に問題は無いので修理で対応します。


右手の音が演奏中に変化するという事でグリルを外して点検しました。
まず、見て分かるのは、スイッチの台が中央で凹んでいる事です。
また、台を固定している柱が傾いています。


楽器の内側から音の切り替えを確認しました。
シャッターが完全に閉じていない部分があります。


シャッターは全開にもなっていません。
原因はスイッチ側にあるので修理します。


スイッチ機構を修理する為に取り外しました。
鍵盤のバルブがよく見えるようになりました。


この楽器は鍵盤にも問題があります。
演奏で鍵盤を操作するとカチカチとノイズが出ます。
原因は白鍵の隣の鍵盤の側面がぶつかっているからです。
鍵盤を上から見ると隙間が広い部分と狭い部分がある事が分かります。
鍵盤が左右にブレている為です。


修理の為に鍵盤を外しました。
この楽器はイタリア製ではないので、独特な方法で鍵盤が固定されています。
一般的なイタリアの楽器では太い金属製の軸に鍵盤が順番に通されています。
なので、取り外す時は低音側から順番に外す必要があります。
この楽器にも軸はありますが細めで、鍵盤に付いている金属の部品を
スライドする事で軸から解放されます。
なので、鍵盤のどの位置でも1つだけ外す事ができます。
メンテナンス時は便利ですが、軸部分の強度が低いので左右のブレが出やすいです。
軸の部分は鍵盤の樹脂と一体になっており、摩耗が早い事もブレが出る原因です。
イタリア製の場合は金属の軸に真鍮の部品を通しています。
古い楽器では木に金属の軸が通っています。
どちらの方法も強度があり、摩耗も少なく、寿命が長くできています。


鍵盤の端の方の下にはガイド部品があります。
金属を曲げて立てたガイドの周囲にフェルトが巻いてあります。
この部分に鍵盤の空洞部分が入り、左右のブレを防止しています。
フェルトの摩耗が出るとブレが大きくなります。


ガイドが入る鍵盤側の方ですが、受けているのは鍵盤と一体になった樹脂部分です。
この部分も摩耗しやすいので経年でブレが大きくなり、
左右の鍵盤とぶつかってノイズが出ます。
イタリアの楽器でもガイドがありますが、鍵盤側はアルミ合金で、
本体のガイドは木にフェルトが貼ってある場合が多いです。
面積が大きくしてあるので摩耗が少なく寿命が長いです。
仮に摩耗しても鍵盤根本の軸部分の強度があるのでブレは少ないです。


鍵盤の修理を行いました。
隙間が均等になり、ノイズも出にくくなりました。


スイッチの修理と調整を行い、シャッターは全開になりました。
演奏中にシャッターが動かないように調整したので音も安定しています。


スイッチの台の変形を直し、取り付けている柱部分も垂直に戻しました。
修理前の画像と比べてみてください。


ベース側の修理に移ります。
手を通すバンド(ベースストラップ)が経年で劣化しています。
切れるような事は殆どありませんが、内側に亀裂が出ていたり、
薄く、硬くなりますので、手の甲が痛くなります。
最低でも10年に1度は交換する事をお勧めします。


ベースボタンに異常がある事の気づきました。
蛇腹に近くなる位置へ向かって段々とボタンの高さが低くなっています。
ベースボタン、特にカウンターのボタンは高さが低く、
完全に押してもdimや7thよりもストロークが小さい事が気になります。


ベースボタンを押してバルブの開き具合を確認しました。
バルブは開いていますが、特に低音の大きなリードのバルブ開度が
狭くなっている感じがします。
低音の大きなリードは沢山の空気を必要とするので
バルブの穴も大きくなっていますが、バルブの開きが狭いと
十分な空気を送る事ができません。


ベースボタンの修理を行う為に分解します。
まずは、コードボタンを外しました。


イタリアの楽器ではボタンを1つずつ抜いて行くしかありませんが、
この楽器では一度にコードボタンとそれに付随するメカニックを外す事ができます。
これはメンテナンスが簡単ですが、機構の摩擦が大きいので
押した感触がイタリア製より劣ります。
機構全体の重さも重くなりますし、大雑把に分解する時は簡単ですが、
細かく分解する時はかえって大変になるという特徴があります。


コードボタンを外したところで信じられない事が分かりました。
ベースボタンの機構を留めているネジが4本ありますが、
片側2本のネジが完全に抜けている状態でした。
ネジは完全に抜けて横になっている状態ですが、
使用過程で自然に抜けたのか、組み立て時に留め忘れたのか?
どちらの可能性もありますが、ビックリの事態です。
この機構の上にはコードボタンの機構が重なり、ネジ留めされているので
外れたネジが外へ出る事はなく、コードボタンのネジで全体が留まっていたので
大事には至らなかったという事でしょう。
この事とベースボタンの高さの異常は関係がありません。


機構自体に問題がない事が分かったので、ベースボタンは取り外さずに
調整ででボタンの高さを戻しました。


調整を完了してコードボタンを戻しました。
最初の画像と比較してボタンの高さが揃っていると思います。


改めてベースボタンを押した時のバルブの開き具合を確認してみると、
最初の時とは全然違って大きく開いています。
これだけ違うと出てくる音もかなり違ってくるでしょう。


ベースストラップを新しい物に交換してベース側の修理を完了しました。


機能的な部分の修理が完了したので発音に関わる部分の修理をします。
これは右手側のリードです。
リードの隙間が音程によりバラバラになっているので、まずは全てのリードを調整します。
リードバルブの不具合があれば併せて修理していきます。


リードが交換されている所がありました。
恐らく折れてしまったのでしょう。
あまり見た事のないリードが付いています。


リードに錆が出ている所があります。
古いドイツの楽器ではリードの錆が出ている事がよくあります。
イタリアのリードと合金の組成が違っている為と思います。
中古のドイツ製楽器は注意が必要です。
右隣のリードも半透明なリードバルブの下に錆が出ている事が見てとれます。
リードに錆があると調律がすぐに変化するので楽器として使えません。
錆がある場合は除去してから調律しますが、
あまりに酷い場合は楽器として再生する事を諦める場合もあります。


ベース側の一番高音列のリードです。
小さいリードなのでリードバルブが付いていません。
パッと見、問題なさそうですが..


内側から光を当てると内側のリードの隙間が揃っていない事が分かります。
調律の前には、楽器内全てのリードを点検、修正しますが、
表から見えていない内側も必ず行います。
これは当店で販売する新品、中古では勿論ですが、
調律を行う楽器でも実施しています。


ベースの一番低音列のリードです。
これも隙間がバラバラです。
これでは発音の仕方がかなり違っているでしょう。
こちらも最適な隙間に調整します。
リードの隙間は調整すると調律が変わりますので、
必ず、調律とセットで行い、調律の前に完了させます。


ベースのリードですが、矢印部分(赤)に隙間ができています。
木枠の接着部分が開いているのですが、
恐らく、木枠を固定するネジを強く締めた為でしょう。(青矢印部分)
或いは、楽器に強い衝撃がかかったのかも知れません。


別のベースリードの木枠でも亀裂がありました。


一番高い音の列の木枠も隙間が出ており、ロウにヒビも入っています。
結局、3列ある木枠の全てに問題がありました。
全て修理してから調律を行います。


調律を完了し(何日か経過しています)、楽器の最終チェックを行いましたが、
鍵盤の感触に異常を感じたので点検すると、黒鍵のバルブの先が
白鍵のバルブの後ろと干渉している事が分かりました。
このようにゴム部品(黒い所)でバルブを固定する方法では
経年でゴムが劣化するとバルブの位置が前後に動く事があります。
イタリアの楽器ではロウで留めてある場合が多いですが、
同じようにゴム部品に通している物もあります。


全ての修理が完了しました。
穴が空いていたグリルカバーの網も補修して外観も綺麗になりました。
空気漏れは見違えるほど良くなりました。(やはり蛇腹は問題なかった)

HOHNERの古い楽器ではイタリアの楽器と違った斬新な機構や素材を
使っている場合があり、経年で問題が出てくる事があります。
既にお持ちの楽器は仕方ないですが、新たに中古のHOHNERを購入する場合は
各部の点検をしっかりと行い、楽器に詳しい人に実物を試奏してもらうと良いでしょう。
HOHNERでもMORINOやGOLAなど高級な機種は古くても
イタリアと同じような機構で作成されているので何も問題ありません。

コメント

コメントをどうぞ

※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。

※なお、送られたコメントはブログの管理者が確認するまで公開されません。

※投稿には管理者が設定した質問に答える必要があります。

名前:
メールアドレス:
URL:
次の質問に答えてください:
迷惑書込み対策です。
下欄に楽器の名前をカタカナ(全角)で入力下さい。
当店は何の専門店でしょうか?

コメント:

トラックバック

このエントリのトラックバックURL: http://accordion.asablo.jp/blog/2023/06/12/9619984/tb

※なお、送られたトラックバックはブログの管理者が確認するまで公開されません。