ボタンの調整2008/05/12

週末は練習に終わり、月曜が来ました。午前中は土曜にボタンを取り付けた自分の楽器の、調整で終わりました。ボタンを押した時の重さを均等にし、高さや並びも均一に揃えます。調整はとても時間が掛かりますが、楽器を最良の状態に仕上げるには必須だという事を再認識しました。作業に集中したので、午後からのテレビ収録の事は全然、気になりませんでしたが、昼になって作業が終わると緊張してきました。
お昼前にロメオが来て、私のフルネームを聞いてきました。いつも名前で呼ぶので苗字を忘れたみたいです。その後、どこかに電話をして名前を伝えていましたが、多分あれはTV局で、なんとなく今初めて私が出演する事を伝えていたような気がします。

テレビ番組収録2008/05/12

月曜ですが午前は出勤して、午後になってセミナリオへ戻り、昼食をサッサと食べて食堂を出ました。いつもはゆっくりと食べて、のんびり食べている神父さんに付き合っていますが。食べ終わったら早速、公園へ行って練習しました。一応、選んだ二曲は通して弾けるようになりました。多少ミスがあってもそれなりにカバーできそうなので、まあなんとかなるか..と、珍しく前向きな発想。これもイタリアにいる影響でしょうか。
2時過ぎにロメオが迎えに来ました。楽器を載せる時に、トランクを開けると他に何も載っていないので、ロメオの楽器は?と聞いたら、大丈夫、大丈夫みたいな感じで、適当に流されました。月曜の昼過ぎは道路が混むものかどうか知りませんが、所々渋滞していて思うように進みません。おまけにETCと同様のゲートでは、前の車が遮断され長く待つ事に。その時初めて知りましたが、元々出発が遅くて収録時間ギリギリとの事。着いてからも練習したいんですけど..
車の中では、ロメオに、これを言えというセリフを覚えさせられました。内容を直訳すると「私は日本人の為にCooperfisaで修理の仕事をしています..」というとても大袈裟な文章。本当にこれでいいのか?と思いましたが、ロメオはそれを言えば観客が拍手すると言いました。ホンマかいな?
自分で考える余裕も無く、そのセリフを車の中で丸覚えしました。そうか、演奏だけじゃなくてTVだから喋る必要もあるか..と思いましたが、まあ、ロメオがいるからなんとかなるかと。
そんな事をしているうちにテレビ局へ着きました。時間は一応、間に合ったみたいです。局は以前にも来たことのあるAntenna3です。局内へ入ると日曜の夜とは全然違い、人も疎らでBARも誰もいません。奥の方にあるスタジオへ行くと簡単なセットが組んであり、既に観客が椅子に座っていました。いつもの日曜のスタジオと違い、かなり小さいです。観客も全部で30人くらい。やはり50歳以上の人ばかりです。平日の昼間というのもあるかも知れません。

その後、控え室へ行きました。控え室では別のアコーディオンの音がしています。結構凄い感じで弾いています。これはきっと共演者?と思ったら途端にプレッシャーを感じました。でもまあ、人は人と、自分に言い聞かせて練習を始めました。隣の音がとても大きく聴こえたので、筒抜けだと思い小さい音で2曲通しました。それなりに通せたのでなんとかなると思いました。さあ、もう一回と思ったところでドアをノックされ、開けると隣で練習していたと思われる人が来ました。イタリア語で何か言っていますが分からないので、イタリア語ができませんと、言うと流暢な英語で、スタジオに行く時間ですと、告げられました。奏者は20歳くらいのかなり若い男性で、その辺にいる同年のイタリア人よりも明らかに優等生風でした。一緒に親と祖父母らしき人もいました。そして彼が次に言ったのは、「最後に一緒に何か弾く事になっている。何ができる?」でした。えー、そんなの聞いてないよ..と思ったけど、彼がきちんと弾くから適当に合わせればいいかと思い、今すぐできる曲でアコ奏者ならまず知っているだろうという曲を考え、パリの空の下の冒頭を弾いてみせました。すると、分からないと言うのです。一緒にいた50歳くらいの男性は曲名を言いました。じゃあ、と思ってIndifferenceを弾いてみせたらやっぱりわからない。また隣の男性がボソッとタイトルを言いました。その他は急なことで思いつかなかったので困っていると、取り合えずスタジオに行こうという事になって移動しました。

スタジオに行くと女性の局員から演奏する曲名を聞かれたので適当に訳した英語とイタリア語と日本語ローマ字読みで書いたメモを渡しました。その直後、恐ろしいことが..
突然、3曲やれと言うのです。聞いてないよ..と思い困っていると、ロメオがTango pour Claude と言うので、思わず承知してしまいました。前にちょっと弾いてみせたのを覚えていたみたいです。そしてまた恐ろしい事実が判明。
なんとロメオは出演しないとの事。つまり、私と、もう1人のイタリア人奏者だけ。ここで一気に、大丈夫なんとかなる..の気持ちが消えました。次にスキンヘッドの司会者が来て、何か言っています。ロメオがイタリア語はできないと伝えると、「分かった、あなたは無言でいなさい。」と言われました。車で覚えたセリフは言わなくて済みそうなので少し、ホッとしました。その後、ラフな服装のスキンヘッドの人が来て色々と注意を言われました。座る位置とか、演奏のタイミングとか、演奏中は私を見ていろとか.. この人は多分、ディレクターでしょう。

セットの壁にはFisarmoniche alla Ribaltaと書いてあります。「アコーディオンの舞台へ」みたいなタイトルだと思います。というか、モロに主役じゃん..と青ざめました。ロメオの番組でちょっとゲストで出る位に考えていたので、かなり動揺しています。と、思っている間にもう番組スタート。オープニングの音楽が流れ、ディレクターの合図で観客が拍手。スキンヘッドの司会者が大袈裟に喋り始めました。奏者二人以外の出演者は、この司会者と、ぐっさん(山口なんとか言う芸人)にそっくりな感じのギラギラした感じの歌手、小太りで髪がボサボサのピン芸人、よく分からないただいるだけの男性1人、超ミニスカのモデル風女性1人。

あーあ、始まっちゃった..どうしようと思いながらもいきなり出番で、プロレスの試合の前みたいに妙にアクセントの付いた感じで名前を呼ばれて中央のイスへ移動。隣で司会者が何か喋っています。何かこちらを見て喋っていて突然マイクを突き出されました。さっき、何も喋らなくていいと言ったのはあなたでしょ!と思いつつも何か言わなきゃと思って、車で覚えたセリフを思い出して言いました。(観客は拍手しなかったんですけど..) すると司会者が何か言って説明していたようでした。そして演奏の時が..
やるしかないか..と思いつつ、ゆっくりとイントロを弾き始めました。最初は葉加瀬太郎さんの曲です。緊張でカチコチの状態です。近年に無い緊張状態での演奏で、ミスも頻発ですが奇跡的に止めずに弾いています。問題のベースソロ部分ではベースに意識を集中していたら、右手の最初の音を外して慌てました。でも、冷静にベースソロを続けてなんとかクリア。主題へのつなぎのメロディーを弾いて、後は二回主題を繰り返してエンディングで終わりと思ったその時、いきなり変なタイミングで観客の拍手が..これはディレクターが出した合図でしたものなので、私は終われという合図かと思ってディレクターの方を見ると何か声に出さないで喋っています。分かる訳無いし..と思っていると終われみたいな手振りをしたので、主題の繰り返しをやめて自分でフェードアウトみたいにして主題の最後までで止めました。演奏は最悪で、きっとテレビなので絵的にも最悪だったでしょう。席に戻ると、もう1人の奏者が小声で私に、コンプリメンティと言いました。何か分からなかったのですが、後で調べたら祝意とありました。その場で分かっていたらイヤミな奴と思ったかも知れません。まあ、彼の表情からイヤミというより、お疲れ様みたいな感じだったと思います。
その後、ぐっさんに似た歌手が熱唱して、CMへ入る前の音楽が出て、一旦休憩。ちなみに歌手はクチパクでした。ならば演奏もそうして欲しかった。そうしたら熱演します!ちなみにモデル風女性は歌手の歌っている時に端でイスに座ってポーズをキメていて、それをカメラが舐める様に撮影して、歌手の映像と交互にオーバーラップさせながら切り替えていました。

暫くして、またCMから番組に入る前の曲が流れて、収録スタート。今度は、もう1人の奏者の番なので、かなり気楽です。でもセットの端に座っていて、いつカメラが向くかわからないので気は抜けません。20歳くらいに見える彼もプロでは無いと言っていました。最初に弾いた曲はDark eyes をアレンジしたものでした。ジャズ風でもなく、単に速度の抑揚を大きくした感じで、アコ用に出回っている譜面通りという感じです。彼もかなり緊張している様でしたが、大きなミスも無く弾ききり満足そうでした。彼の演奏でわかったのですが、曲の途中の拍手は、曲の盛り上げ拍手だったのです。すっかり気持ちがマイナスになっていた私は、打ち切り合図と思ってしまいました。でもジャズのアドリブの後とかなら分かるけど、スローで情緒的な曲で変なタイミングでいきなり拍手されても..

もう1人の奏者の楽器は、Bugariの鍵盤式でした。120ベースチャンバー付き。フリーベースではありません。やはりイタリアは鍵盤式が多いです。黒いボディーですが金属部分が金色で、蛇腹を開けると中まで金。仏壇カラーです。
演奏の後はピン芸人が出てきて(というかイタリアでは漫才コンビなんて無い?)何か面白い話をしたようです。観客は大爆笑していましたから。その後CM休憩となり、また私の番が来ました。また司会者がこちらを見ながら何か言っています。そうしたらその直後に英語で質問されてマイクを向けられました。日本の何処の市に住んでいますか?突然の質問で反射的に岡崎Cityと答えましたが、そんなローカルな事を言ってもわかる筈がなく、一瞬、間ができたのでイタリア語で名古屋市の近くと答えました。すると司会者が大袈裟にそれを取り上げ、今度は大きな都市ですか?と聞かれ、Siと返事をして、英語で東京と大阪の間ですと、答えました。こんなやりとりがあるので演奏する前から緊張の連続です。
そして、演奏。今度はcobaさんの曲で、これもゆっくりした曲です。最初よりもだいぶ落ち着いて弾けました。やはりミスが少しありましたが、うまくごまかして途切れないように弾けました。気持ちよく弾ける程余裕は無く、そんなに歌えていなかったと思います。その後、また歌手のクチパク歌→CM休憩。
演奏している時に気づきましたが、スタジオで見ていたロメオがいません。あまりの酷い演奏に怒って出て行ってしまったのか、見ていると緊張するからと気を遣って出て行ったかどちらかと思いました。

収録再開で、イタリア人奏者が演奏しました。こんどは知らない曲です。3拍子のイタリアのフォークソング風でした。その後、また芸人の話。CMの入る間の休憩は、本当にCMが入る程度の時間しかありません。2曲弾いて思いましたが、結構長い収録です。一体、番組時間はどの位?もしかしたら編集でかなり短くなるのか?とか思いましたがわかりません。
そして、また私の番。今度は質問もなく、すぐに演奏開始です。曲はガリアーノのクロードへのタンゴ。だいぶ慣れたせいもあるし、最初の二曲と違ってスピードがあるので、意外とうまく弾いています。速度も結構速かったですが、細かい音もそれなりにできています。が、しかし..最後の繰り返しで転調した後に酷い和音が出て、あー見失ったと思いましたが、次の瞬間、元の調に戻って勝手に伴奏もメロディーも続けていました。奇跡だ..と思いつつも、いつもと何か違うので探り弾き状態でミスもあるし、メロディー単音に近く、前半から途中にかけての勢いが一気にダウン。それでもなんとか続けていつもと違う調でエンディングまでできました。ボタン式だからでしょうか..
折角、途中まで自分らしい演奏ができたのに..とチョット悔しさも感じられる程余裕が出てきました。そしてクチパク歌が入り、休憩。

イタリア人の奏者の3曲目は、私もレパートリーにしているマジックフィンガー。でもやはり速度の変化がやたらに極端なアレンジで、真ん中のゆっくりになる所以外の部分でも速度をかなり落としたり、途中で最初の和音のイントロのところまで戻って(しかもすごいゆっくりの速さ)で、自分の弾く速度と全然違うので、聴いていてもどかしかったです。もちろん下手という意味ではなく。そしてエンディングも凄いゆっくりの和音で蛇腹いっぱいに使って終了。とても満足そうな表情でした。
その後、休憩になり、休憩中に司会者が来て二人でやる曲は?と聞きましたが、もう1人の奏者が何か説明して取りやめになり、代わりにクチパク歌が入りました。予定外のクチパクもちゃんと用意してあるんだ..と妙な事で感心。

そしてやっと、収録が終わりました。終わると、もう1人の奏者の所に何人かの観客が集まってきて言葉をかわしていました。私は1人立って呆然としていると、怖そうな顔をしていたスキンヘッドのディレクターが来て、良かったと言ってくれました。顔は収録中と違って笑顔でした。日本とイタリアとの曲の違いが良かったと言っていました。すると、今度は現場でカメラの台を操作していた人が来て、2曲目が良かった。誰の曲だ?と聞くのでcobaですと答えましたが、知っているかどうかわかりませんでした。みんな曲の事を褒めるよな..やっぱりと思っているところへ、観客の中からかなりお年を召した夫婦と思われる方が私の所にやってきて何か言って握手をしてくれました。赤いフレームのメガネをかけた小さなお婆ちゃんのその時のなんとも言えない柔らかい表情が忘れられません。何を言っているのかわかりませんでしたが、気持ちが楽になりました。

まだ、人と話をしているもう1人の奏者より先にスタジオを出て、控え室に戻り楽器をケースにしまい、控え室を出ると丁度、奏者と家族らしい一行と行き会いました。奏者と握手をして何か喋った様な気がしますが覚えていません。覚えているのは、3曲目の曲が良かった。何と言う曲?と言った事です。すると一緒にいた男性がTango pour Claudeと、ボソっと答えました。結局、この人が全部答えているところが笑えます。でも、イタリア人でアコーディオンを演奏していて、ガリアーノを知らないとは.. パリ空も、ミュゼットも知らないし、演奏している曲から想像して、教材を習っているだけで、自分で好きな曲を聴いたり、弾いたりはしないタイプの様な気がします。かと言って、バリバリのクラシック奏者という風でも無いのですが。
そんな会話をしていると、多分母親と思われる人が、一緒にいたかなりの歳の男性を指して、マエストロと言っています。そうか、この人について習っているのか、と分かりました。その先生とも握手をして挨拶しました。その時に先生が言ったのは、最初に弾いた曲が良かった。誰の曲?ハーモニーがとても美しいと言っていました。私が思うに、番組収録ではなく、最初に控え室で練習した演奏を聴いていたのではないかと思います。あの時はうまく弾いたので。タロウ ハカセという日本のバイオリニストの曲ですと説明しました。結局、演奏した曲については3曲ともそれぞれ別の人に良かったと言われ、曲について聞かれました。という訳で、選曲は完璧だったという事で..

奏者ご一行と分かれて、ふと気づくと、そういえばロメオの姿がずっとありません。おかしいな..と思い車のあるところへ行くと車もありません。これは本当に怒って帰ったか?と思い電話してみると留守電でした。でも、すぐにかかってきて数分で戻るとの事。仕方がないので局のBARに行って、カプチーノを飲みました。それにしても収録が長かったので疲れました。演奏していない時も、楽器は抱えたままでイスに座っていて、時々カメラが向く状態でしたので。
暫くするとロメオが来て帰りました。ロメオは近くのお客さんの所へ行っていたそうです。ロメオは今週かなりハードに仕事をしていて、昨夜も数時間しか寝ていないそうです。ミラノ近辺で演奏ツアーをしている顧客がいて、演奏後の深夜にいつも呼び出されて楽器のメンテナンスをしているらしいです。日本のプロの奏者は予備の楽器を持っているのが普通だと言うと、イタリアの奏者はそんな金は払わないとの事。日本の奏者は素晴らしいと言っていました。
イタリア人で雇われている人は残業なしでゆったり仕事をしている一方で、経営者は結構苦労しているという一面を知りました。テレビの収録も結構大変だったので、私に代わった事でちょっとは楽できたかな?

帰りに放送はいつと聞くと土曜の夜遅くとの事です。そうか、それでモデル風女性がいたのか..と妙に納得。でも、アコーディオンがメインの番組があるなんて羨ましいかぎりです。放送はイタリア全体で見られるのか?と聞いたら、そうだと言いました。私はこの時、初めてmamma mia! という言葉を口にしました。間髪いれずに口から出ました。
テレビに出演して演奏なんて一生無いと思っていましたが、こんな事になるとは..しかもイタリアで。普通ならテレビで演奏する?と聞かれたら、自分の性格やレベルから考えて断っていたでしょう。それでもやってみたのは理由があります。今回、イタリアへ行く暫く前から、天の声のようにメールや電話ででアドバイスをしてくれている人がいて、その人から、折角行くのだから何でもやって吸収してきなさい。言葉ができないと消極的になりがちだけど、そうならないように。麻薬以外は何でもやって来い、と。
そんなアドバイスを受けていたので、やってしまいました。結果は酷いものでしたが、とても良い経験をしました。きっとこの次はもっとうまくやれるでしょう..って、次回なんて無いよ!